住吉

 昔、男が、和泉の国へ行った。住吉の郡、住吉の里、住吉の浜を行くと、

とても趣深かったので、馬から下りては休みがてら行った。

ある人が「住吉の浜と詠め」と言う。

    雁鳴きて菊の花咲く秋はあれど 春は海辺にすみよしの浜

 (雁が鳴いて菊の花が咲く秋もあるけれども 春は海辺が住み良い、住吉の浜であることだ)

と(うまく)詠んだので、他の人は皆詠まずに終わってしまった。

 

 

 

この話を作った人は住吉に実際に来たことがあるはずだ。

ここに住吉の景色は全然説明がない。自明のことだったのだろう。

古代には有力な津であった住吉は、天皇も行幸し、有力者の別荘もあった。

また、熊野街道の途中でもある。

住吉は、住吉大社(30年ほど前は住吉神社だったのですが)で有名なところ。

向かいは遠く淡路島六甲の山々にはさまれた明石海峡を望み、遠浅の浜だった。

砂浜と松林の海岸の名残は、高師の浜の浜寺公園やもっと南の箱作岬公園まで行けばわかる。

風に耐えて曲がった幹、濃い緑の松葉、歩くと掘れて靴に入るさらさらした砂。松ぼっくり。

戦前、浜寺の水練学校に通っていた父は、

淡路島に向かって遠泳した話をよく聞かせてくれた。

横に船が付いて太鼓をドーンドーンと鳴らし、

泳げなくなって合図をしたら引き上げてくれたという。

白砂青松の浜は、今ではすっかり変わってしまったが、気候は変わらない。

夏は南西の季節風、冬は北西の季節風がきつく、砂が飛んで大変だ。

春は穏やかな浜風が吹く。石英を含む白い砂に反射する日差しがまぶしい。

     春の海 ひねもす のたりのたりかな  (蕪村)

住之江(住之江区ができる前は住吉区だった)の国道26号線から西は、大昔は海だった。

道路の方が地面より高かった。国道26号線の北島交差点から西を眺めると

ずっと遠浅だった海を感じさせる。このあたりは、

江戸時代の大和川の開削以後、加賀屋甚兵衛らによって開拓された土地で、

戦前から住んでいた人々は河内または淡路島出身の一族が多かったという。もちろん

津守さんのように、住吉の歴代の神官のお名前の方もいらっしゃるが。

1960〜1970年代には近隣に人参や紫蘇や葱の畑や空き地があり、すべて砂地だった。

砂には小さな貝がらが混じっていた。その中から桜貝を探して遊んだものだった。

秋に雁は見ないけれど、南港の野鳥園には渡り鳥がけっこう来ている。

 

ちなみに住吉物語で中将が姫を探して住吉にたどり着いたところは

住吉の景色を描いて、なかなか感動的だ。

ご一読あれ。

                住吉物語 (1、姫君住吉へ逃亡   2、中将、夢で姫に会い住吉へ