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 【6月の独り言】

 去年、紫式部学会の公開講演会で講演をするのに、一生に一度しかない!と思って準備に気合を入れ過ぎて、昨年後半は本の出版準備がおろそかになった。

 今年になって論文は貯まってきたが、相変わらずの重複ぶりで、削ったら、次がうまくいかない。

 並べ替えたり、切り貼りしたり、ああでもないこうでもない、と一人でやっている。

 でも本当は、後半で一番言いたいところが書けていないのが問題なのかもしれない。

 それで、四月から週一で片道二時間かけて京都に行って、歴史を勉強している。日本史の研究方法が必要だと思っていたのは前からだけれど、我ながら、やることが相変わらず唐突だ。

 京都では、大文字があんなところに見える、と驚いたり、白沙村荘で英語で話しかけられて、若干聞き取れても「英語わかりません」と身振りで示したり。

一人で和の情緒に浸りにきているのに、英語でものを考えさせないで〜という気分になった。たぶん感傷に浸りたかったのだろう。記念館で昭和ひとケタのスケッチを見て、とても懐かしくほっとしたから。

 私の和風体験は、母方の祖父母が作った。床の間のある和室。小さい時は横の書院の窓から出入りして遊んだ。床の間には母が高校の美術部で描いた蓮の日本画がかかっていた。

その和室で茶道を祖母から習った。小さいころは小豆餡が食べられなくてカステラがお茶菓子だった。大学生のころには引き柄杓がうまくできなくて困った。炉を切ったのに、たいてい風炉で練習していたような気がする。冬は私には寒すぎた。

庭に咲いた馬酔木には毒があると祖父が教えた。じっと見ているので食べそうだと心配したのかもしれない。

祖父は亡くなる数年前に浄土寺に連れて行っていくれた。お盆のころ、夕方で、少し暗いお堂に、巨大な仏様が夕陽を背にして、オレンジの光の中に立っていた。

小さいときには、春に昔の墓地に連れて行ってくれて、昔は春や秋のお彼岸に野遊びのようにお弁当をもってみんなで山のお墓に行ったのだと教えてくれた。

あるとき、発掘現場の近くで車を降りた。発掘は少しもわからなかったが、その時、山あいから見た、夕暮れの農村の田圃の中の一軒のかやぶき屋根から、お風呂を沸かすのか夕餉の支度なのか煙が一筋上がっているのが、コローやミレーの絵のようだった。

嵯峨天皇の画像を見ると、祖父を思う。

私にとって祖父はほとんど超人的な人だった。ハンサムで明治生まれなのに170センチのすらっとした長身で、頭がよく、毛筆もペン字もきれいで、片肺を取るまでは運動が得意で、ピアノも弾けた。姫路の高等師範を出て教員をしていた。若い時に中国を旅行している。車の運転も好きだった。

母が、ハリーポッターの校長先生を好きなのはたぶん祖父を思い出すからだろうと思う。ひょっとしたら曾祖父かもしれないけれど。

また、雷がくるそうだから、本をがんばって書こうと思う。

 

 

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