雪 月 花

 

内田美由紀のオフィシャルサイト     

 

ご案内

ギャラリー

プロフィール

論文について

大学生用リンク

高校生用リンク

教員用リンク

古典文学リンク

今月のひとりごと

伊勢物語

  

  

 

 【9月の独り言】

 最近、拙著『伊勢物語考ー成立と歴史的背景』の歴史的背景の部分と重なる内容の、日本史の教授が書かれた論文を拝見する機会を得た。

さすがは日本史の教授だけあって、同じ資料を使って華麗に決めていらっしゃる。

網羅的に書かれているので、当然私の論もご覧になったかと最初思ったが、細かく見ていくと、どうもそうではないらしい。同時期に同じテーマで調べていたようだ。 

 その御論文を拝見していて、自分の論文の欠点に思い至った。特に、最近困ったことだと思っているのは、異様に読みやすいという点にある。

 つまり、高校の教諭のときの経験がマイナスに働いて、思わず知らず、絶対に必要でなければ難しい論や資料を無意識に省き、最もわかりやすい資料を必要最低限だけに絞って載せ、自分の論の展開だけを懇切丁寧に説明しているのである。

 そもそも、教える準備をするときに、生徒や学生の顔を思い出しながら、これは無理だよな〜とか、難しくてもこれぐらいはできないとな〜とか、考えつつ、教材や教える内容の取捨選択をしている。

 担当生徒たちにとっては少し難しくて無理かも、と思うギリギリのレベルで、混乱しない程度に展開しながら、その生徒たちに教えていくのが良い先生だと思うのだけれど、学術論文はそういうものではない。

 豊富な資料を華麗に展開して、その意義を示すのも学術論文の精華だろう。

 特に最近の論文は、後ろに何ページにも渡る引用文献や注を付けるのが普通になっている。私は、注を付けるといちいち後ろを参照していては読みにくいと思い、一度書いた注をできる限り本文中に組み入れて、わざわざ後注を減らしていた。

 ペダンティック(衒学的)は良くない、内容で勝負!と思っていたが、学術論文を学術的に書いても問題ないわけで、環境というものは恐ろしいと思った。 

 これからは、アイデア勝負だけでなく、記述論述的にも、世界レベルを目指して行くべきなのかもしれない。 

 

 

Copyright(C)2017 Miyuki Uchida All Right Reserved.