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 【7月の独り言】

 一昨日(13日)、朝日新聞に、文部科学省が国立の教育大学や国立大学教育学部を再編すると書いてあって、驚いた。

 いくら少子化だといっても、特別教育など、教育大や教育学部ならではのものもあるはずだ。

 教育大以外の国立大学は、別の課題があるので、お金も人も回ってこないのではないだろうか。

 一般社会でお金の取れない学問はどんどん削っていこうとするのだろうか。

 私自身は、教育系でない大学を出ている(ただし国文科は、大半が教育職に就いた)が、現場に入ってから、かなり困ったし、それなりに苦労した。

 教育の世界は確かにOJT(現場訓練)の世界だが、教育の論理というものはある。

 それは、一般の人にはなかなか理解してもらえないが、私はそれを先輩たちや、組合の資料や、教育学系の出版物から学んだ。

 教育委員会主催の研修もあったが(そういえば、大阪府教育委員会はいつから教育庁になったんだろう?)、それだって、基本は教育大の研究の積み重ねの上にあったのではないか?

 教育というのは、本来個人的なもので、とてもお金のかかることだ。

 集団にして教える理由は、国家的な規模ではいろいろな意味があって、今ここで論じるのは避けたいが、国民的な意味では、まず対費用効果の問題が大きい。

一人のためにたくさんの教科の専門家をそれぞれ揃えることは難しい。ある集団のために、たくさんの教科の専門家を集めれば、一人当たりにかかる費用は少なくなる。

 しかし、集団に教えるとなると、個人に教えるときとは違った、さまざまな問題が起こる。

 だからこその教育学であり、教育研究だと思うのだが。

 忖度の強い教科書検定が行われているので、てっきり国立の教育大学を強化するのかと思ったが、

どうも文科省は教育の原因と結果について、目先の問題には大騒ぎして、現場とは少しずれて答えにくい調査用紙をメールで送ってきても、大局的には何も考えていないのではないか、と思うようになった。

 伝統は一度壊してしまうと元には戻らない。

 教育大学や教育学部という伝統を壊して、本当に大丈夫なのだろうか?

 

 

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