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***論文について***

このページでは、過去に書いた論文や著作についてコメントを載せています。

なお、執筆論文一覧は、プロフィールをご覧ください。

【著作】

2014.1 『伊勢物語考―成立と歴史的背景』(新典社

カバー表紙と裏表紙の写真がとくに評判です。表紙は賀茂斎院の斎王代で、

業平の苦難のもともとの原因(嵯峨天皇)を象徴し、

裏表紙は東国の馬の牧を想起させる相馬野馬追いです。あとがきに書いた雷さまも大人気。

これまでの論文をまとめたものですが、つなぎに3本新しい論文を入れました。

新しい論文のキーワードは顕輔卿本と栄花物語と和泉の国です。

事情で初出一覧がない!のであります。すみません。

新典社からでも アマゾン でも買えます。

 

【論文】

2017.3.20 「高校における漢文について」(『古典文芸論叢第9号』)

教育系の講義をするためには、教育の論文が必要だと先輩諸氏から御忠告を受け、書いたもの。

2017.3.10 「物語にみる自然災害」(『生活と文化の歴史学8 自然災害と疾病』竹林舎

お題をいただいたとき、貞観地震の話は頭にありましたが、なんで『伊勢物語』に載っていないのだろうと困惑しました。それに物語に自然災害・・・・・・ありそうで、みつからない。源氏の須磨巻のシーンは有名ですが、浜の真砂ほどある物語を全部読んだわけでもなし。書いている時間より、みつからないと悩む時間のほうが長かったかも。

「『伊勢物語』の東北」の研究発表のほうが後だったのでその際いろいろご教示いただき、校正で少しだけ直すことができました。アドバイスありがとうございました。

2017.3.1「鶉となりて―深草考」(伏見稲荷大社「朱」第60号)

伏見稲荷大社に参拝し、何も考えずに人々について赤い鳥居をくぐって、だんだん山になってきたときには、もっと登山らしい服装でくればよかったと思いました。四つ辻からの景色は最高! 

2016.2 『伊勢物語』第六十五段と典侍藤原直子 『古典文芸論叢 第八号 大取一馬教授退職記念号』

第65段は好きですが、調べるとどうも怪しいところがたくさんあります。ロマンはロマンでそっとしておいて、と言われることもあるのですが、まあ創作と真実、ロマンと現実、つまり、「それとこれとは話が別」といえましょうか。書いた人は相当手慣れた、ロマンスに強い人です。強引な展開、ちょっと普通じゃない話、なのに本当にありそう。すごい力量だと思います。

2014.9 藤原道長の高野山・四天王寺参詣の旅程『日本文学とその周辺』(龍谷大学仏教文化研究叢書33;思文閣出版)

道長が馬に乗って一日で移動する距離に驚きました。平安貴族って、牛車でゆるゆる移動して普段は部屋でじっとしていたんじゃなかったの?!妹夫婦に車で半日案内してもらったのですけれど、途中で古墳や橘寺やとあちこち寄って休憩したにも関わらず、車に酔って目が回ってしまいました。もちろん全部は踏破していません。 

2012.3 『伊勢物語』第三十九段の時代背景(『古典文芸論叢 第四号』)

「うせにし宮内卿もちよし」のときに、日本史の有名な先生にアドバイスをお願いしたところ、

源氏について調べてくださいとのことだったのですが、調べてもなかなか論文まで手が回らず、

しかも嵯峨天皇にまでさかのぼってしまった、という歴史フリーク行き過ぎの論文です。

ちょうどNHKTVで「イ・サン」が放映されていて、宮廷を想像するのが楽しかったというか、

王権政治を考えやすかったというか。韓国と日本では宮廷の形態は違っていたでしょうけれど。

2011.10 『伊勢物語』業平時代の成立について  (『龍谷大学仏教文化研究叢書28 典籍と史料』)

2008年11月に立命館大学で発表した内容を書き直しました。諸事情があり、世間に出すのに

一体何年かかるのかと思った論文でしたが、その間に刈り込んで添削しました。ところが、

「四」の段落がありませんというご指摘をいただきました。ちょっと刈り込みすぎたようです。

内容は官職名からみて業平の生きていた時代に伊勢物語の章段が書かれたのではないか、と

いうものです。 

2011.3 伊勢物語第八十七段と「うせにし宮内卿もちよし」   (『古典文芸論叢 第三号』)

地歴フリークが発展してというよりは、来年度から龍谷大学の仏教文化研究所の

客員研究員にと言われたときたまたま調べていて、うれしくなって一気に書きあげました。

口頭発表したとき、どうやって見つけたのかと聞かれて「前から気になっていました」

と答えたのですが、気にはなっても全然実にならない調査も多いので、実際のところ、

手順は踏んだものの、神様が向こうからやってきたとしか言いようがありません。

2010.3 ノンフィクションとしての在原朝臣業平―謎の十二年―   (『古典文芸論叢 第二号』)

サイト伊勢物語に昔、掲示板があった頃、ご質問がありました。

『業平は13年間の官歴の空白にどうしていたのか?東下りをしていたのか?』

というような内容でした。難しくて、いろいろ調べてみました。その回答です。

(いまさら遅い?) なお、紫式部はやはり史書に通じていただろうなと思いました。

何しろ史書を読んでいると、伊勢物語よりも、源氏物語ばかり思い出しました。

真実は小説より奇なり。政治というのはなかなか怖いものですね。

(なお、前の論文から五年も開いていますが、この間2008年11月に立命館大学での中古文学会関西例会で

「伊勢物語 業平時代の成立について」を口頭発表しています。)

2005.3 伊勢物語「筒井つの」考―龍田道と関連して―   『百舌鳥国文 第十六号』

筒井筒のページをちゃんと論文にしていなかった!と思って書いた論文。

以前から気になっていた顕昭の『袖中抄』の「筒井つの」をからめて書きました。

私の地歴フリークを知らない方には、少し”筒井津”は唐突かもしれません。

2004.11 土佐日記「わだのとまりのあかれのところ」   『中古文学 第七十四号

桜の花盛りに生駒山の頁を作ったり、1993の『花の林をうしとなりけり』を書いた時に、

”業平はどこをどうやって和泉まで行ったのか”が気になって河内を調べて書いた論文。

平安時代の地形がうっすらと透けて見えるような、気持ちがしました。しかし、

土佐日記という足かせがあり、摂津の地形に展開できないのが若干不満でした。

なお、この論文は中古文学に載る前に、阪大で行われた関西部会で口頭発表しました。

この発表は、パワーポイントを使ったり、カラーコピーに散財したり、とそれこそ

私の地歴フリーク・パワー全開でした。その夜の満月と同様にいい思い出です。

2001.11 「伊勢物語『皇太后宮越後本』の本文について」 『王朝文学の本質と変容』[散文編](和泉書院)所収

「『小式部内侍本』の本文について」の姉妹編。卒業論文を一から書き直したものです。

皇太后宮越後については、『伊勢物語に就きての研究』補遺篇で、

紫式部の娘、藤三位である可能性があげられています。

1997. 3 「伊勢物語 『小式部内侍本』の本文について」 『中古文学創立三十周年記念臨時創刊号』

小式部内侍は、もちろん和泉式部の娘です。

散逸した小式部内侍本の残存章段群の本文を他本と比較して、その特色を述べた論文。

なお、これは、元々は修士論文に書いたテーマでしたが、根本的に書き直して、

懸賞論文に受賞しました。しかし、転勤と引越で受賞の連絡が遅れ、勤務等の事情で

授賞式に行けなかった上、文化祭準備で頭を強打して、

ちょうど授賞式の日に頭蓋骨のレントゲンを撮った記憶があります(泣)。

1994. 3 「伊勢物語 第94段『千々の春 ひとつの秋にまさらめや(大島本)』」『百舌鳥国文 第十二号』

源氏物語の春秋論争がおもしろいと思っていた頃に、勢語の春と秋の異同を見つけて、

書いた論文だった(?)と思います。

1993. 7 「伊勢物語67段『花のはやしをうしとなりけり』と漢詩について」 『和漢比較文学 第11号』

花の林をなぜ「憂し」と思うのか、という素朴な疑問から、漢詩を

漢詩部類や中国出版の元稹集までひっくり返して調べた論文。書き直しの際には

和漢比較文学の先生方にいろいろアドバイスいただきました。ありがとうございました。

発表では蓋(きぬがさ)を「ふた」と読んでしまって穴があったら入りたかった思い出も(笑)。

1991.10 「伊勢物語通具本を疑う」 『王朝の文学とその系譜』(和泉書院) 所収

『皇太后宮越後本』や『小式部内侍本』の本文について書くためには

通具本について研究する必要がありました。

1989.10 「顕昭『古今集注』所引の伊勢物語本文について」 『百舌鳥国文 第9号』

顕昭は歌人としてはどうかとは思いますが、学者としてはとてもすばらしく、

古典研究するのに、やはり注釈からというのは王道かと思いました。

伊勢物語研究に、本文研究から入っていった私がいうのもちょっと変な話ですが。 

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