九十九髪(つくもがみ)

昔、色気づいた女が、なんとかして気持ちに思いやりのある男に逢うことができたらなあと思ったが、

言い出そうとするのもきっかけがなくて、本当ではない夢の話をする。

三人の子を呼んで、話した。二人の子は、無情に返事をして終った。三郎(三男)であった子が

好い男が出てくるでしょうと夢判断をすると、この女は機嫌が良い

他の人は非常に思いやりがない。なんとかして、この在五中将に逢わせたいものだ

思う気持ちがあった(在五中将が)狩をし歩いているところに、行き会って、道で(在五中将の)馬の口を

捕まえて、「このように思います」と言ったので、(在五中将は)気の毒に思って、やって来て寝たのだった。

さて、その後、男(在五中将)は姿を見せなくなったので、女は男の家に行って、覗き見ると、

男はチラッと見て

 ももとせにひととせ足らぬつくも髪 我を恋ふらしおもかげに見ゆ

(百年に一年足りない年寄りの髪の女が 私を恋い慕っているらしい面影が見える)

といって、出かける様子見て、茨やからたちの刺にひっかかって、家に帰ってきてバッと横になった。

男は、あの女がしたように、こっそり立っていて、見ると、女は嘆いて寝ると言って

 さむしろに衣かたしきこよひもやこひしき人にあはでのみねむ

(狭い莚〔むしろ〕に自分の衣一枚だけ敷いて今晩も恋しい人に逢わないで寝るのだろうか)

と詠んだのを、男はかわいそうに思って、その夜は共に寝たのだった。

世間の常として、思う人を思い、自分が思わない人を思わないものなのに、

この人は、自分の思い人をも、そうでない人をも、区別しない気持ちがあったのだった。


この話は子供の三人いる(年配の)女性が有名な色男に逢いたいと思う話だが、

正直言って、若い時には気色悪い変な話だと思っていた。

しかし、今、既婚者になって、三十歳後半になっても、20以上も年下の生徒から

「先生のこと好きです!ぼくの初恋です!先生結婚してるの?」

と言われて仰天することもある。

昔の結婚は早かったので、この女性も最初の子供を十五歳くらいで産んでいたら

今の私の歳とそんなに差はないだろう。上の二人はもう一人前で、母の希望を軽くあしらう。

三番目の子はまだ10代前半だろうか、まともに受けて希望をかなえようとする。

 

さて、ここで問題は有名な「在五中将」が何歳だったかということだ。

大体、この話で「男」は、なんだか若そうな感じだ。軽い。

身分高く、有名で、落ち着いた歳の人のすることではないような気がする。

プレイボーイなら、なおさらだ。引く手あまたなら、普通は相手を選ぶだろう。

「男」が相手を選ばないというところが、とても変わっていて、

源氏物語の光源氏の人物像に(特に源典侍や末摘花に逢ったりするところ)

影響を与えたのは言うまでもない。その光源氏でさも本当に相手を選ばず女の家へ通ったのは

若いときの話だ。

 

実は伊勢物語の普通本の中で、主人公の「男」が実在人物の呼称で呼ばれるのはここだけしかない。

もちろん「在五中将」とは、在原氏の五男で中将だった在原業平の通称で、

顕官なので、この段で「在五中将」と呼ぶのは、かなり後年の言いだろう。

なにしろ業平は四十歳で権少将になり、権中将になったのは三代実録を信じれば

早くても五十一歳だ。

その歳だったら、どうかすると共白髪で、お似合いになってしまう。

それではこの話は少しもおもしろくない。

やっぱり、女のほうがかなり年上で、盛りを過ぎているのに、

若い男に逢いたくて無茶をしているところが、おかしく哀しいのだから。

2006年09月18日 改訂 伊勢物語